Wanderers From Ys プロローグ

このプロローグは、PC88版『Wanderers From Ys』に同梱されているマニュアルに記載されているものです。
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かすかな風が吹いていた。


~Wanderers From Ys Prologue~

山岳地帯を越えて、海の近くにあるレドモントの街へ続く街道は、
人通りの少ないわりに、よく整備されている。
道幅が広く、起伏もあまりないうえに、道の両側に立ち並んだ木々はさわやかな木かげを旅人たちに提供し、
旅の疲れを癒してくれる。
道は小高い山々の尾根に沿って切り開かれているので、見晴らしもよかった。
空が晴れわたっている時には、幾重にも連なっている山々の向こうで輝いている青い海を眺めることもできた。

二人の旅人が、木かげでからだを休めていた。
 その日はあいにく曇り空で、水平線のあたりはどんよりとした灰色にかすんでいた。それでも旅人の一人、若い方の男は立ったまま、熱心に目の前に広がっている風景に見入っていた。
 かすかに吹く風が青年の髪を揺らしている。その鮮やかな赤い髪は、彼の内に秘められた意志の強さをそのまま示していた。腰の鞘には一振りの剣が納められている。
 彼こそ、後の世に偉大な冒険家として名を残すことになるアドル=クリスティンだった。彼は19歳で、少年期から青年期への移行期にあった。
 アドルの連れの男は、アドルよりの年上のようだ。25、6歳といったところだろうか。筋肉の盛り上がった、逞しい体つきをしている。
 男は元盗賊のドギだった。アドルは以前、ある冒険をした際、ドギに助けられたことがある。それ以来の付き合いだった。
 ドギは道のわきにある太い木にもたれかかるようにして座り、アドルに思い出話を聞かせていた。
 アドルは、ドギの話に相づちをうちながらも、けむって見えない水平線に視線を向けたまま、彼の故郷を目指すきっかけとなったあの出来事を思い出していた。
 すっかり意気投合したアドルとドギが、一緒に旅に出てからもう2年余りになる。二人は足の向くまま、気の向くままに、さまざまな土地を訪れた。しかし、 ドギの故郷を訪れることになるとは、二人のうちのどちらも予想していないことだった・・・・・・あの日までは。それは全くの偶然としか言い様がなかった。

 隊商の一団が、たまたま二人の滞在していた街にやってきたのは、今から3ヶ月ほど前のことだった。街の広場で荷を降ろし、店を開いた隊商たちのまわりに は、たちまちのうちに人だかりができた。この辺りでは手に入らない珍しい品々もさることながら、隊商たちが通ってきた異国の話に非常に興味があったからだ。アドルとドギも群衆の中に混じっていた。
 商人たちは六人いたが、みんな一様に疲れきった顔をしていた。
 どんな話が聞けるかと、期待に満ちた人々を前に、彼らはしきりに愚痴をこぼしはじめた。

「この街に来る前に、フェルガナという地方を通ってきたんだ。だが・・・・・・少しも商売にならなかったよ」

続けて、彼らは商売にならなかった理由、フェルガナ地方を襲った災難について語った。原因のはっきりしない異常気象や病気により、周辺の穀物や作物の凶作が続いており、さらにそれが原因でたいへんな物価高におちいっているという。
 広い農地一面の作物が全部黄色く枯れているのさ。だが、奇妙なことにすぐそばの森の木々は元気に青々としているんだぜ!あれは絶対普通じゃないな。それで俺たちは、こんな所に長居してもいいことはないと思って、早々に退散してきたというわけさ」

 商人たちの話は、それから別の話題へと移っていたが、すっかり彼らの話に夢中になっていたアドルは、ドギの顔色が変わったことに気付かずにいた。
 アドルがいつになく深刻な顔をしたドギから、フェルガナ地方のレドモントが彼の生まれ育った街であること、そして10年ほど前に出たきり一度も帰っていないことを打ち明けられたのは、その日の夜のことだった。

ドギの話が続いていた。

「ここまで来れば、レドモントの街はもうすぐさ。あと一日半ほどの距離だ。今夜、途中にあるアーグの街に泊まれば、明日、日が暮れるまでに着けるはずだ。 今までお前と一緒にいろんな街へ行ったがな、レドモントよりも素敵に思える街はなかったな。この辺りは、他所では採れない鉱物や穀物が豊富にあって、とて も潤った街なんだ。住んでいる人も、みんな気立てのいい人ばかりでな、孤児だった俺が無事に育ってこれたのもそのおかげさ。
 俺は小さい頃から悪ガキでな、遊び仲間を引き連れていろいろ悪さをしては、大人たちを困らせていたっけ。あいつらももう立派な大人になっただろうな。街に着いたら紹介してやるよ」
 ドギはそう言ってから、我に返って辺りを見回した。
「いけない、つい長話になってしまったな。そろそろ出発しないと、アーグの街に着く前に日が暮れてしまうぞ」
 木かげで休んでいた時は真上にあった太陽も、今では西の空に傾きつつあった。

 それまでなだらかな登り坂だった道が下り坂になり、急に左側に折れている場所の少し前で二人は足を止めた。
 そこには、アーグの街まであと1クリメライ(約1.2㎞)という道標と、付近の住民や旅人たちから素朴な信仰を集めている道祖神の小さな祠があった。い や、以前はあったという方が正しいのかもしれない。なぜなら、今、二人の目の前にあるそれらが見る影もなく破壊され、荒らされているからだ。
「いったい誰がこんなことを・・・・・・」
 ドギが呆気にとられて呟いた。
 人間の仕業とは思えなかった。一抱えほどもある大きな石でできた道標や、分厚い石の板を使って作られた祠が、いとも簡単に割られ、砕かれて瓦礫と化して いるのだ。おまけに石のかけらの表面には、所々に深くえぐられて残った鋭い引っ掻き傷がついていた。それはどう見ても、大きなかぎ爪の跡にしか見えなかっ た。けれどもドギの記憶では、この街道の周辺にはそんなかぎ爪を持った生き物はいないはずだった。野盗や追い剥ぎの心配が全くないとは言い切れないにして も、獣に襲われる心配はない街道だったのだ。
「さっきから何かが変だと思いながら、いったい何がおかしいのかわからなかったんだが」
 今にも森の中からかぎ爪の主が飛び出してくるのではないかとい心配しているかのように、辺りを見回してドギが言った。
「どうしてこの森には生き物の気配がしないんだ?鳥のさえずり一つ聞こえないなんて不自然じゃないか。昔、この街道を歩くと鳥どものさえずりがうるさくて、頭が痛くなることさえあったのに」
 そう言われてみると、普通なら邪悪さとは無縁のはずの森の静けささえ、禍々しいものを含んでいるように思われた。

 ふいに、森の静けさをついて、道の前方で騒ぎが起こった。
何か大きなものが倒れこむ鈍い音、猛り狂った獣のうなり声、苦痛に満ちた、助けを呼ぶ男の叫び声、はげしく格闘しているらしい物音などが一緒になって、二人の耳にに飛び込んできた。二人は反射的に剣を抜くと、音の聞こえてくる方向へ走り出した。
 弓なりになった道を曲がると、赤茶色の獣に襲われている男の姿が見えた。
 仰向けに倒れた男の上に、大きな、猫に似た獣がのしかかって、男の喉を狙っていた。男が必死に両腕で喉をかばっているので、かみつくことができずに焦れた獣は、男の腕に爪を立て、ひっきりなしに耳障りな唸り声尾をあげていた。
 剣を振り上げた二人が走りよると、獣は気配を感じてすばやく頭を上げた。意外なほど冷静な、知性のかけらさえ感じさせる金色の目が、二人と、振り上げら れた剣を見据えた。実際には短い間だったにもかかわらず、二人には時が凍りついたかのように感じられた。
 一瞬のち、獣は身をひるがえすと、森の中に姿を消した。


 二人は倒れている男にかたわらにかがみこんだ。
 男は目を閉じ、上半身を血まみれにしてうめいていた。
 二人は袋から清潔な布と血止めの効果がある薬草を取り出すと、男の手当にとりかかった。幸いなことに、血が止まってみると、怪我は出血のわりに軽いものだとわかった。介抱するうちに、青ざめていた男の顔に血の気が戻ってくるのがわかった。
 アドルが安堵のため息をついた時、先ほどから男の顔をまじまじと見つめていたドギが、低く声をかけた。
「もしかしたら・・・・・・お前はロアルドじゃないか?」
 反応があった。男は目を開け、自分を覗き込んでいる顔を認めると、驚きに満ちた声をあげた。
「ドギ!本当にドギなのか?10年前、何も言わずに街を出て行ったきり全く音沙汰がないものだから、みんな気にしていたんだぞ。いったいどうしたんだ?」
「まぁ、いろいろあってな。とにかく詳しい話は後だ。歩けるか?」
「大丈夫だ」

 ロアルドは、ドギに肩を借りて歩いた。彼はドギの昔の遊び仲間だった。歩きながらロアルドは、現在はアーグの街にある宿屋で住み込みで働いているのだと語った。
 彼らがどうにかアーグに辿り着いた時には、空が暗くなり始めていた。
 宿屋の主人は、使いに出たロアルドがなかなか帰って来ないので、気が気でなかった様子だった。三人が宿に辿り着くと、主人はとても喜び、事情を聞いて、 しきりにアドルとドギに礼を述べた。そして、ぜひ今夜の宿と食事は自分のおごりで提供させて欲しいと申し出た。




 宿屋は2階が寝室、1階が酒場兼食堂という造りになっていた。泊まり客はアドルとドギの他にはいなかったが、食堂には食事や、酒を飲みにやってきた住人 たちで賑わっていた(壁に貼られた値段表を見て、二人は物価高だという話が嘘ではないことを知った)。
 二人が食事をしていると、医師に手当を受けてかなり元気を取り戻したロアルドがやって来て、ドギの横に腰を降ろした。
「改めてお礼を言うよ、ありがとう二人とも。もしあの時、君たちが来てくれなかったら、今頃は生きていられなかっただろうな。ところでドギ、本当に今までどうしていたんだ?」
「いろいろな所を転々としていたのさ」
「いろいろな所を転々と・・・・・・か、お前らしいな。お前が帰ってきたと知ったら、レドモントのみんなも喜ぶだろうな。アドニスの奴は、親父の後を継い で武器屋の主人になってるし、シンシアはアイテム屋を経営している。ガードナーとは街の入口で会えるぜ。お前が昔よく世話になった宿屋のじいさんも、変わ らずに元気でやってるよ。
 チェスターは・・・・・・城で働くようになってな、ほとんど会う機会がないんだ。たまに見かけても忙しそうにしてるんで、話をする暇もないんだ・・・そ うだ!エレナのことを覚えているか?お前が街を出て行った時はまだほんのガキで、小犬みたいにいつも俺たちの後ろをついて歩いていた、あのエレナだよ。と てもきれいな娘に成長していて、会ったらきっとびっくりするぜ」
 ドギは嬉しそうに昔の知り合いの消息を聞いていたが、故郷に戻ってくることになった理由を思い出したのか、急に深刻そうな顔になった。
「ロアルド、お前を襲った獣は山猫のように見えたが・・・・・・違うか?」
「そうだよ。あれは山猫だ」
「まさか・・・・・・!山猫は臆病な性質で、人を襲うなんてことは絶対にないはず-」
「確かに昔はそうだった。でも今はそうじゃないんだ」
 ロアルドはドギの言葉をさえぎるようにそう言うと、意味ありげな目を向けた。いつのまにか、彼らの会話を聞きつけた住民たちが、コップを片手に、彼らの まわりに集まっていた。住民たちは不安のはけ口を求めるかのように、二人に向かって口々に話し始めた。


 最近、急に攻撃的になったのは山猫だけではない。以前は挑発でもされない限り、人を襲うことなどなかった生き物たちが理由もなく人を襲うようになってい る。そればかりではない。もともとこの辺りに住んでいた生き物たちの数が減りつつあり、かわりに昔は見かけたこともなかった異形の奇怪な生き物が目立つよ うになったのだ。郊外に出かけていったまま、行方知れずになる人が増えており、猟師も危険な森の中で狩りをしたところで、ろくな獲物もないので休業状態に 陥っている。
 時々、深夜になると、遠くの方から不気味なざわめきが伝わってくることがある。嵐の音にも似ているが、風の全く吹かない夜であっても聞こえてくるので、 風の吹く音でないことだけは確かだ。注意を払って聞くと、音に混じって詠唱や叫び声(その声は人間と獣の両方の要素を持っている)が確かに聞こえるとい う。その音の正体をつきとめようと出かけていった者もいるにはいたが、二度と戻ってこないか、生命を失った姿で発見されるかのいずれかだった。
  今では、街は堅固な壁によって囲まれているので一応は安全なのだが、それ以外の場所は危険なので、夜になると家の外へ出る者はいなくなった。さらに追い討 ちをかけるように、レドモントの街の近くにある火山が急に活発な活動を始めた。この火山は長い間ずっと沈静化していたのだが、何の前触れもなく、ある日突 然ものすごい轟音や地響きとともに噴火した。それからというもの、近くの住民たちは噴火音や地震などの不安にも悩まされるようになったのだ。
 このような話を住民たちは、アドルとドギに次々と語った。
「原因のはっきりしない作物の枯れ死といい、この土地で何かが起こっている、あるいは起こりつつあるということだけは確かなんだ。そのままにしておいた ら、とんでもないことになるような何かが。しかし、いったいどうすればいいのかがわからない・・・・・・」
 ロアルドの言葉に、思いは同じなのか、その場に居合わせた誰もが黙り込んでしまった。
 次の日の朝早く、アドルとドギは、ロアルドの見送りを受けながら出発した。
 二人は昨夜の話を聞いた後だけに、街道の周囲に注意を払いながら歩いた。


 かなり日が高くなった頃、漂浪民の一団と出くわした。彼らは定まった土地に住まず、占いや曲芸などをして報酬を得ながら各地を放浪している民族だ。彼らの占いは、よく当たると評判だった。
 ドギが声をかけると、一団は立ち止まった。彼らは、総長にレドモントを出て来たのだと言う。街の様子を尋ねてみたが、すでに知っている以上のことは聞けなかった。しばらく彼らと話した後で、ふと思いついたように、ドギがアドルの顔を見て言った。

「そうだアドル、この辺りを襲った災いの原因が何なのか、これからどうなるのか、占ってもらわないか?何か分かるかもしれない」

 アドルがうなずくと、ドギは占い師に金を渡した。
 占い師は、艶のある黒い髪を腰まで伸ばした、若く美しい女性だった。女は道端に小型の丸テーブルを組み立て、その上に大きな水晶球を据えると、両手を水晶球の上にかざし、精神を集中させた。
 そして-その場にいた他の者たちは何も見ることができなかったのだが-女は確かに、水晶球に中に何かを見たのだ。女の顔色がさっと変わり、見る見るうち に蒼白になった。流浪民の者たちは、彼女に不審そうな目を向けた。もう長いこと、彼女は占いをしているが、彼女がこのような反応を示したことは今まで一度 もなかったからである。

 彼らが見守るうちに、女は今にも失神しそうな様子になり、ぶるぶる震え始めた。
 流浪民の一人が、今にも倒れそうな女を助けようと近寄りかけた時、テーブルの上の水晶球に変化が起こった。

 それまで透明で、澄んだ輝きを放っていた球の中心部分に、ぽつんとにじむようにして小さな黒い点が現われた。それはまるで霧のように見え、見る見るうちに広がり、水晶球全体を黒く曇らせた。
 一同は背筋の寒くなる思いで、真っ黒になった水晶球を見つめた。誰もが、正体ははっきりしないが、何か邪悪なものの気配をそこから感じ取ったのだった。

 突然、球の表面にひびが走ったかと思うと、内部で激しい爆発が起こったかのように、鋭い音を立てて粉々に砕け散った。
 占い師の女は、何かに頭を殴りつけられたかのように大きくよろめき、意識を失って、その場に崩れ落ちた。
 女は手当てを受けてほどなく意識を取り戻したが、水晶球の中に見たものについては、何一つ語ろうとはしなかった。彼女の顔には尋ねることをためらわせる、ひどくおびえた表情があった。
 女は仲間に向かって、二言三言ささやいた。それは、先ほどドギやアドルと会話した時に用いた共通語とは違う、漂浪民族の言葉だった。だから、ささやき声 は聞こえても、二人には全く理解することができなかった。けれども女が口にした言葉のうち、ただ一つの単語だけが、なぜかいつまでも耳について離れなかっ た・・・・・・「ガルバラン」。それは、初めて聞いた言葉であるにもかかわらず、とてつもなく不吉で邪悪なものを感じさせる響きがあった。
 漂浪民の男の一人がドギに近づき、半ば押し付けるようにして、先ほど受け取った金を返した。それから、漂浪民たちは二人に向かって一礼すると、まだふらついている占い師をいたわりながら、足早に立ち去っていった。


 漂浪民の一団と別れて、再び歩き始めてどれくらいの時が経っただろうか。
 先にたって歩いていたドギが足を止め、前方を指差しながら振り返って言った。
「やっと見えてきたぜ、アドル。あれがレドモントだ」
 ドギのそばに駆け寄ると、アドルの目にもレドモントの街が飛び込んできた。
 高くそびえたつ木々に包み込まれるようにして、レドモントの街があった。
 街の周囲は、石を切り出して作った頑丈なブロックで囲まれている。
 林の間を横切るようにして流れる川が、街の入口の検問所へ続く橋の下を通っていた。
 街の外のあちらこちらに、荒れ果てた農地が見えた。
「どうだい。美しい街だろう」
 言葉を失って街を見つめているアドルに向かって、ドギが得意そうに言った。
 アドルは視線をそらさずに、黙ってうなずいたまま、街を見つめ続けた。
 確かに、美しい風景だった。だが、それだけではなかった。
 アドルには、予感がした。それはつかの間の印象ではなく、時が経つにつれて、ますますはっきりとしたものになっていた。
 何かが待ち受けているという、ほとんど威嚇的ともいえるほどの雰囲気が、街だけでなく、まわりの土地全体から押し寄せてきていた。
「さぁ、あと少しだ。行こうぜ、アドル」
 ドギはそう言うと、前よりも早足で、街を目指して歩き始めた。
 アドルは、まとわりつくようにする予感を振り払うと、急いでドギの後を追った。

 それが、アドルの新しい冒険の始まりだった。